社長対談~21世紀の世界を見据えて~今を変える力
第8回 セゾン投信 代表取締役社長 中野晴啓 × 公益財団法人 セゾン文化財団理事長 堤 清二氏
Vol.4 ハンディキャップはプラスになる
●中野
無印はデフレビジネスモデルですが、発想の原点は何だったのでしょうか
●堤理事長
たとえば、普通のセーターを作って有名ブランドのタグをつけるだけで2割高くなってしまいますよね。それは消費者から見れば変だと思ったのです。だって物は同じなのですよ。だったらブランドタグをとって2割安く売ればいいのではないか?というのが発想の原点です。
●中野
発想自体は当たり前のものですが、誰もやらなかったのは不思議です。
●堤理事長
おそらく、メーカーはそういう発想になりにくいのでしょう。以前、山崎パンの社長と親しくなったとき、パンが売れないという相談を受けたことがあります。商品自体はいいけれど売れない。小売店に出しても売れない。そこで、その小売店は山崎パンの他に明治や森永など他のメーカーの商品を置いているのかと聞いたら、そんなことをするわけがないという答えが返ってきました。それでは売れません。メーカーの発想は、なぜライバルの物を売るのか?というものですが、消費者が比較をして「これがいい」と思うからこそ売上は上がっていくのです。だから、一番重要なのは「セゾンは他とどう違うのか?」をいかにして認識してもらうかです。これが「価値」というものですね。
●中野
僕の会社も「セゾン」というブランドをいただいていますから、100年引きついでいかなければならないと考えています。そのためには100年続く絶対的な価値を作る必要があって、これはものすごく大変なことですし、絶対にぶれてはいけない軸だと考えています。
この会社を立ち上げた理由は、日本の金融業界には間違いが多く、これだけの間違いがあるのだから勝てるのではないか?という考えがあったからです。僕が考えている「勝つ」というのは「お客様の幸せをどれだけ作れるか」なのですが、大手と正反対のことをやっている僕たちのところには、お客様からの応援の声が届きます。ただお客様としてだけではなくて、プラスαの感謝の気持ちをいただいているのです。これは社会性のある価値であり、正義です。この正義がずっとあり続けるためにはどうしたらいいのかが、僕の中でのテーマです。
●堤理事長
僕が最初に入った小売業界は、会合のとき議論の替わりに小唄をするような前近代的なものでした。だからこそ、勝てると思って一生懸命やりましたね。最初は赤字が続きましたし、それに加えてアメリカでの失敗があって苦労もたくさんしましたが、でも、こうやってみなさんのおかげでひとつの勢力になることができました。
●中野
僕は、セゾンというブランドができてから入社したので、何も苦労なく働かせていただきました。だからこそ、今は恩返しをする時期かなと思っています。セゾングループは、歴史的にも名を残す大企業となって、理事長も今はもうリタイアされましたね。理事長のようなパワフルで優秀な方でも失敗はあったかと思うのですが、ご自身の中で一番の失敗は何だとお考えですか?
●堤理事長
僕の最大の失敗は後継者を育てられなかったことです。自分ひとりでやりすぎました。大変なことがあると、自分でやろうと思ってしまって、誰かにやらせることができなかったのです。これはよくないですね。
●中野
たとえば百貨店産業は構造不況業種になっていますが、もし理事長が今も経営のトップであったならば、どういうことを考えますか?
●堤理事長
百貨店は、上野公園の西郷隆盛の銅像のように、希少価値としては何店か残っていくと思います。でも、ビジネスの世界での存在感は、とるに足りないものになるでしょうね。そしてショッピングモールとか、本当の専門店がこれから大きくなると思います。ただ小売業自体が縮小していっているという事実もあります。付加価値、精神的価値、個人的な価値がどこに置かれるかによって技術は進歩していきますから、数パーセントは残るでしょうけど、何もせずに生き残ることはないと思います。ビジネスをするには難しい世の中になりました。
●中野
そんな世の中で生き残るにはどうすればいいのでしょうか?
●堤理事長
自分のビジネスがどれだけ価値を創造しているか、その価値が世の中の役に立っているか、最も抽象的なところまでビジネスを掘り下げて考えていくしかないでしょうね。偉そうに物を言う経営者もいますが、どれだけ新しく社会的価値を創造し、大きくしたのかが重要です。
●中野
価値を大きくすることに意味があるのですね?
●堤理事長
たとえば、畑をつぶしてマンションを建てて儲かっても、価値を大きくしたことにはなりません。人間にとっての付加価値を増やさないと意味がないのですよ。
●中野
付加価値を高めるときに、最も大事なことは何ですか?
●堤理事長
人がそれを使うこと、消費することによって幸せだと思うかどうかです。これにつきます。たとえば麻薬の場合、一瞬愉快になるらしいですが人間の価値は下がりますから、付加価値にはならず減少価値となります。逆に、赤ちゃんをつくることは新しい命をつくることですから、最も価値のあることです。
●中野
ちょっと改善するだけで、日本はものすごいことになるわけですね?
●堤理事長
たとえば、47位から25位になれば人口は増えますしね。フランスだってどれだけの時間をかけて改善してきたことか。
●中野
今の日本は何もしていない状態に等しいので、何かをすればあっと言う間に順位は上がりますね。
●堤理事長
だから、ハンディキャップはプラスになるのですよ。
●中野
この発想もセゾングループのカルチャーですね。僕の会社はまだ小さいのですが、この小ささはプラスになると思っていますし、きっと世の中のためになる、みんなが必要とするビジネスになると信じています。でもあと一歩、二歩前に進みたいのです。そのためには何を一番大切にすればいいのでしょうか?
●堤理事長
あまり大きくしようとせずに、珠玉のような中堅企業のいくつかをつくっていくことでしょうね。特にファイナンスの場合には市場が大きいですから。
●中野
サイズを求めないということですね?
●堤理事長
そう、サイズを求めない。そしてクオリティの高いもの、付加価値の高いものを提供する。ぜひ、これをやっていただきたいと思います。
●中野
そういう意味では、セゾン投信はクオリティを大切にする会社にしていきたいと考えています。誰かにお客様を集めてもらって売ることはせずに、自分たちでメッセージを出してお客様に来ていただいています。そうやって集まったお金ですから、お金の質はどこにも負けません。
堤理事長がこれまでやってこられたことは、今の僕が金融の世界でやるべきことだと思っています。対談の最初に理事長がおっしゃったように、大きな勢力に対して「それはおかしい」と強く言っていくこともそうですし、行動していくこともとても重要です。幸い、僕の会社はまだまだ小さいので小回りもききますし、そういう意味では世の中の変化にいち早く対応できると思うのですよ。小さいことのメリットを最大限に活かし、加えてハンディキャップをプラスに換えながら、1つの市場を作り上げていきます。「セゾン」の名に恥じないように、むしろ「セゾン投信はセゾンの誇りだ」と言われるように頑張っていこうと思います。
堤理事長との対談は、ずっとセゾングループで禄を食んできた小生にとっては夢の如き晴れ舞台、正直大変な緊張感でこの時間に臨みました。 改めて読み返してみて、堤さんが終始温かい笑顔と優しい語り口で緊張感を解きほぐしながら、小生の思いを引き出してくださる心遣いの深さに気付きました。 そしてセゾングループがいつも目の前にある現実を決して肯定せず、次々と新たな価値創造を果たしてきた歴史を振り返っての逸話の中に、創業者堤清二としての確固たる社会への思いと未来への理想が、セゾン文化の原点だったのだと理解できました。 セゾン投信はセゾン文化をしっかりと継承しており、堤さんにも大きな期待を戴いていることが、小生にとっての大いなる勇気であります。(中野)
1927年生。東京大学経済学部卒。衆議院議長を務めた父親の秘書を経て、1954年(株)西武百貨店入社。1963年、自ら設立した(株)西友ストアー[現(株)西友]の社長に、1966年には西武百貨店の社長に就任。クレジットカード、レストラン、保険等様々な分野での事業活動に取り組み、多彩な企業群セゾングループのトップとなる。1991年、セゾングループ代表を辞し、経営の第一線から引退。
現在は、1987年に設立した(財)セゾン文化財団(2010年7月に公益財団法人に移行)の理事長として活動。また、(財)セゾン現代美術館理事長も1986年より務める。
一方、辻井喬(つじい・たかし)のペンネームで詩人および作家としても活動中。2006年に第62回恩賜賞・日本芸術院賞を受賞。日本芸術院会員、日本ペンクラブ理事、日本文藝家協会副理事長、日本中国文化交流協会会長。